Great  Principal

第九章 ・ アンの礼状



アンの手紙が校長室のダンのもとに届いたのは、11月初旬のことだった。
宛先はダン校長と記されており、その横に「親展」と書かれていたため、誰も開封することなく、直接本人に届けられた。

親愛なるダン校長

突然のお手紙、申し訳ございません。
わたしは、昨年までお世話になっていたジェシカの母親でアン・トーバートでございます。
このたびは是非とも、校長に御礼が申し上げたく、ペンを執った次第です。
2年前、校長室で語られた貴兄のお言葉はわたしにとって、そして娘のジェシカにとって金の言葉となりました。

実は、あの日のご指摘どおり、わたしは日々の多忙さの余り、娘のしつけを等閑にしてきました。更に申し上げるなら、子供に嫌われたくないというのが本音でした。自分の娘のしつけもできない母親が、罰の与え方がどうとか、今思いますとまったく気恥ずかしい限りでございます。すっかり順番を間違えてしまい、しかもアポイントも取らずに押しかけたご無礼、さらには校長室での数々のご無礼をここに深くお詫び申し上げます。(中略)

校長室での談話の後、わたしは貴兄の言葉がずっと脳裡から離れませんでした。それは娘が転校してからも同じでした。むしろ時間が経てば経つほどにわたしを苦しめるのでした。ある日、ある事がきっかけで、わたしは心に決めました。勇気を揮って娘を厳しく躾ける覚悟をです。
それからというものは、悪い時にはたっぷりとお仕置きをしました。もちろんお尻ぺンぺンです(笑)。そのお陰で今では立居振舞もすっかり大人になり、どこに出しても恥ずかしくない娘に成長いたしました。しかし、これは貴兄との出会いがなければ、有り得ないことでした。まったく貴兄には感謝してもしきれません(中略)

娘は18歳になり、来年の8月末で卒業いたしますが、まだまだ夢多き少女で、今もハリウッドを目指して頑張っております。来春にはロサンゼルスにあるロス・アクティング・カレッジを受験する予定です。実は、わたしも娘時代、ハリウッドを目指していたのですが、経済的な理由から頓挫いたしました。ですから親のわたしが叶わなかった夢を是非、娘に叶えてもらいたい気持ちです。

最後になりますが、わたしの子供の頃も含め、今まで接してきた多くの教職の方々の中で、貴兄こそわたしの最たる先生でした。

最高の先生でした。

どうぞ厳寒の折、何卒、御自愛願います。

                                                     アン・トーバート


手紙を一読したダンは、しばらく経ったあと、また最初から手紙を読み直した。
そして、何度も何度もアンの文章を繰り返して読み直すのだった。

教職に就いて45年余り。生徒や保護者から感謝の言葉を頂戴したことは、いまだかつて一度もなかった。
まして、このような封書で感謝の気持ちを伝えられたことなど、これまでに経験したことのない出来事であった。


ダンは密かに感動していた。


それから1時間が過ぎた頃、オースティンに連絡を取り、彼女を校長室に呼び寄せた。

「 ジェーン、わしにこんな手紙が届いたんだ。ちょっと読んでみてくれんか」

「 わかりました。では早速、拝読させていただきます」


手紙を読み終えたオースティンは、驚きの表情でダンに語りかけた。

「 さすがは校長! あの意固地な母親をも見事に改心させましたね! いや~さすがです」

「 ジェーン、そのさすがはもうよい。それよりこの何の取り柄もない、変態のわしが最高の先生だとよ。わしはこれからどうしたもんかね?」

「 校長、そんなご自分を卑下なさらないでください。現にこんな感謝のお手紙が届いているじゃありませんか?」

「 いや、それがだな。わしにとって、こんなことは初めてなんだよ。これはまいったな」

「 そうだったのですか? わたしはてっきり・・」


「 ところでジェーン、わしは前から君に言いたかったことがあるんだ」

「 何でしょうか? 何なりとお申しつけください」

「 実は、わしは持病を抱えておってな。先はそんなに長くない。だから遅くとも来春には引退して、校長職を君に譲りたい」

「 校長、そんな寂しいことを言わないでください。校長がいない学校なんて、わたしには考えられません」

「 まあまあ。とにかく出勤するのも一苦労なんだ。だからもう引退したいのだよ。しかし、その前にかならず清算をせねばならん」

「 清算? と申しますと?」

「 わしの性癖で被害を受けた女生徒たちに謝罪がしたい。そこで君に最後の協力をお願いしたいんだ」

「 謝、謝罪ですか!! わ、わかりました。校長のご指示とあれば、わたしは何でもさせていただきます」


ダンは自分が校長に就任して以降、明らかに己の性癖を満足させるために、半ば無理矢理に校長室へ呼び出した女生徒たちを対象に手紙を出すべく、オースティンに「清算者リスト」を作らせた。そこには住所、氏名をはじめ、当時の詳細な状況が記されていた。その人数は実に15名にのぼった。

それを見て、当時の状況を思い浮かべながら、校長自らがすべて直筆で謝罪文をしたためたのである。
さすがに性癖について書くことは出来なかったが、指導のあり方が間違っていた旨とそれに対する心からの反省と謝罪が記されていた。

さらに2000ドルの紙幣を包んで手紙の中に同封し、夫々の宛先に書留郵便で発送したのだった。
もちろんメインは謝罪文で紙幣は二の次だった。しかし、何も添えずに手紙だけ送るのはダンの気持ちが収まらなかったのである。


「 ところで校長、このリストの中にジェシカが含まれておりません。あの娘こそ最も校長の犠牲、いえ、ご指導を受けた生徒だと思うのですが」

「 おいおい。君は何を言うかね。 母親の手紙を読んだだろ。感謝されているのにそんな手紙を出したらどうなる?」

「 これは失礼いたしました。おっしゃるとおりです。話を矛盾させてしまいますわね」

「 ところで、やっぱり君もあの娘がもっとも犠牲者だと思うかね?」

「 そう思います。なにしろ1年生のときが13回、2年生になってからも7回、合計20回も呼び出しをかけております。この中でもっともな理由で呼び出したこともありますが、多くは無理強いでございました」

「 あの娘への謝罪はわしのほうで考えておる。これは君に頼めることではない。わしのほうで独自でやらせてもらうよ」

「 かしこまりました。それにしても、あんな綺麗な娘がこんなおばさんの手で、若くて美しいお尻を真っ赤にされてきたんですもの。きっと、相当恨まれていることだと思います」

「 すまん、すまん。これもすべてわしが指示したことだ。君にも迷惑をかけた。あの娘の場合は最初を除けば、すべて君があの子のお尻をたたいてお仕置きをしたわけだ。君が気にするのも無理はないよ」


オースティンは、この2年間のダン校長の変貌ぶりにいささか当惑していた。しかし、ダンはこの変態性癖さえ除けば、優しい人柄だったのである。それはオースティンが最もよく理解していた。それゆえ、積極的にダンの清算に力を貸したのである。


「 ところで校長。最近はご自分の趣味を卑下なさるご発言が多くなりましたが、わたしが考えるには、それが校長の「性」だと思うのですよ」

「 そう言ってもらうと慰みになる。わしが思うには同性愛者だとか両性愛者たちは、いずれ近い将来、社会から理解が得られ、市民権を勝ち取る日がくるだろう。わしも早くそうなればよいと思っておる。しかし、わしのような性癖の者たちは永遠に理解されることはないだろう。むしろ、わしはそれでもいいと思っているがね」

「 それと校長。来春には引退されるとのことで・・誠にお聞きしにくいのですが・・・

「 なんだね? ジェーン、水臭いよ。なんでも構わんから聞いてくれ」

「 校長には身寄りがございません。引退されてから、どのようにお過ごしかと心配いたしております」

「 そんな心配は、わしのような男にはぜいたくなんだ。わしは若くて美しい娘たちのお尻を犠牲にしてきた。変態を好き勝手に楽しんできたんだ。わしのような男にはそれなりの末路が待ち受けているのだよ」


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