☆老紳士と娘☆

ノーティ ・ リンダ

それから一年半が過ぎた。

わたしは相変わらず、図書館の片隅で虫眼鏡を片手に書物を読み漁っていた。
ユーグ・ルベルの秀作「ニキーナ」を44ページまで読んだとき、わたしの眼前にムッチリした、美しい両腿が飛びこんできた。

顔をあげると、そこには若く美しい娘が立っていた。


「 おじさま、お元気だった? あたし、『こども相談室』でお世話になったリンダよ、憶えてらっしやる?」

「 もちろんさ、すっかり大人っぽくなったね」

「 有難う。 でも外見だけよ。もしよければ、ひさしぶりにご一緒してくださらない?」

「 もちろん、いいよ。しかし・・まさか・・またお仕置きを再開されたんじゃないだろうね?」

「 いやだわ、おじさま。あたし、この秋からカレッジに進学したのよ。それに今は一人暮らしをしてるわ」

「 そうかい。それはおめでとう。じゃあ、ランチを召し上がりに行くとするか」

「 おじさま、あたしのマンションに来て欲しいの」

「 ・・・・・・」

わたしはかなり面喰らった。

「 あぁ、驚かせて御免なさい。実は、また相談したいことがあるの。いいでしょ? それとも『こども相談室』はもう閉店したの?」

「 いやいや、まだ営業しているよ。おじさんの目の黒いうちはね。しかし・・リンダちゃんはもう、大人じゃないのかね?」

「 いいえ、あたし、まだ十九歳よ。だから、あと二年は相談する資格があるわ」

「 ははは、あと二年か? おじさんがまだ生きていればいいが・・」

娘のマンションの到着にはかなりの時間を要した。しかし、わたしは疲労を感じなかった。
それどころか、まるで少年のようにときめいていた。


娘の部屋は女の子らしく、きちんと整理整頓されていた。甘い香水の匂いが、すっかり鈍感になった嗅覚にもよく感じられた。

「 リンダちゃんは、もう彼氏がいるんだろ?」

「 いるわ、でもいいのよ。それにあたし、若い人より、年輪のある人に惹かれるの。おじさまのような」

「 おやおや、お世辞もうまくなったね。いまさらそんなこと言ったって始まらんよ」

「 おじさま。あたしね、ずうっ〜と考えてたの。おじさまが最後に教えてくれた言葉」

「 わたしは何を言ったかね? 脳も老化してしまって、よく思い出せないんだが・・・」

「 あたしがだめになるんじゃないかって。それにおじさま独自の娘論も」

「 そんなこと言ったかね!」

「 ええ、言ったわ。あのときは、女性蔑視だって思ったの。ちょっと腹が立ったわ。でも、いまその意味がよくわかってきたの」

「 ・・・・・・」

「 あたし、お仕置きから解放されて、一人暮らしまで始めるようになって、どんどん、だめになっていく自分がわかってきたの。学校には行かないし、それに悪いことばっかりして・・それでも自制できないのよ、やっぱり、あたしにはまだしつけの助けが必要なの」

「 じゃあ、ママにお願いして、うんとこさ、お尻をたたいてもらいなさい」

「 でも、またお仕置きが始まれば、いつ解放されるかわからないし・・それもいやなの」

「 じゃあ、どうするのかね?」

「 あたし・・実は・・あの・・・やっぱり、よすわ」

「 おいおい、年寄がここまで来たんだ。水臭いよ、以前は何でも打ち明けてくれたじゃないか?」

「 ごめんなさい、おじさま。 あの・・その・・あたしが成人するまでの契約で、あたしを厳しく育てて欲しいの。つまり、悪いことをしたら、うんとお尻をぶって欲しいの。昔、おじさまが娘さんにしたように」

「 ・・・・・・・」

「 あぁ、ごめんなさい。やっぱり話すんじゃなかったわ」

「 いやいや、いいんだ。おじさんがその大役を引き受けてあげるよ。人生の最後に大きな仕事ができそうだ」

「 ほんとう? あたしを変な娘だと思ってない?」

「 そんなこと思うもんかね。おじさんはね、リンダちゃんが、かわいくて仕方ないんだよ。しかし、これからは忙しくなりそうだな」


わたしは、思いがけない相談に、まるで夢をみているような心地だった。

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