Roman Books
抜粋



【背徳の仮面】   作者不詳 行方未知・訳  昭和56年発行
(原題 A Man with a Maid)

ー第九章

もう一度わたしはマリオンの後ろにまわった。羽根を手袋用の函に納め、また鞭を手にする。今度はまえもって警告も与えず、腕を引くと、背後の一番肉づきのいい部分に一挙に振りおろした。右から左へ対角線を切る方法で、手首には余り力を入れずに鞭を揮った。こうしたやり方のために、鞭の先端部が尻の高みを巻いて、部のなだらかなくぼみから脚のつけ根にまで達し、マリオンは荒々しい悲鳴をあげた。

 (中略)

「おおお! こんな痛みは我慢できない、かわいそうなわたしの肌へ傷がつく! 後生よ、あなたにしたことは後悔してるの」

「あなたほどに成熟した、しかも結婚生活の経験がある女が、独創性に欠けてるなんて失望もいいところだな」

ゆっくりと鞭を振りあげ、お次もこれだと示しながら、わたしはマリオンをなじった。

「十二歳の小娘だって、寄宿学校の校長先生に鞭打たれるときは、もっと巧妙にいいわけをするものだよ。よこしまな罪人は、鞭が振りかかろうとするとき、いつも懺悔の用意ができてるものなんだ。だめだ、マリオン、ぼくに対するこれからの態度については、罰が終ってから話し合うことにしよう」



ー第十三章ー 

「あなた、ケイのこといってたのでしょう −  ケイって、わたしの小間使いの名前だけど  −  あなたとわたしであの娘に思い知らせてやるって。昨日の午後、あれがどんなことをしでかしたか、想像がおつきになる?」

「いや、全然見当もつかない」

「あの娘にちょっとした使い走りを頼んだのよ」

本気になってマリオンは話し始めた。

「ところがよ、あの生意気な意地悪娘ときたら、夕方の晩餐用にわたしの衣装を整えるのが忙しい、だからそんなお使いの時間なんかないって、無遠慮もはなはだしくことわってきたの」

「で、きみは彼女に平手打ちを見舞った?」

「できるわけないでしょう。あの娘ったらわたしと同じくらいの背丈だし、頑固そのものなんだもの」

「ぼくと同じなんだね、きみが忘れてなければのことだけど」

からかいの微笑を浮べてわたしは応じた。その言葉にマリオンは顔を染め、視線を伏せる。

「ともかく、ケイのことだが、ご主人に対する行儀作法を教えこむには、罰の鞭を揮うか、お尻を叩いてやる必要があるな。きみの新しい保護者として、この機会にぼくがその仕事を引受けてやる。手助けをしてくれれば、きみも楽しい思いにでくわすぞ」

「わたしにしたように、あれを縛りあげるつもり? そのうえで − 」

「そのうえで、素裸にする? きみの許可さえあればね」

「まあ、ジャックたら! でも、すてきだわ。おてんば娘だもの、それくらいされてもいいのよ!」

「ところで、美徳のお手本のようなその娘は何歳になるの?」

「二十三よ。あれの話だと、かわいそうな馬丁や店員に後を追っかけまわされているらしいの。あの娘ったらね、ぬけぬけと男遊びを自慢するし、不幸な男たちがいい寄ってくると、嘲笑って追払うんですって。その自慢話をいちいちわたしに聴かせてくれるのよ」

「フランス人がドミ・ヴィエルジュと呼ぶ人種なんだな。つまり、半処女だよ。自分の生贄をそそのかしては、苦しめたり、裏をかいたりして自分の力を楽しむ手あいさ。断乎、こらしめてやる必要があるね、マリオン」


 (中略)


わたしは威圧する視線をケイにむけ、そのうえでマリオンに話しかけた。

「ねえ、マリオン、不思議でしょうがないが、この口数のへらない小娘をもうずい分長い間使っているんだろう。もしぼくが雇い主だったら、今のような横柄な返事をした場合、一週間の手当と共にお払い箱もいいところだ」

「わたし、口数のへらない小娘じゃありませんわ。ご忠告がわたしのためでなくて幸いです」

ケイの傲慢な逆襲である。眼をきらりと光らせ、顔には冷笑を浮べて、彼女は身を伸ばした。まさにこの娘はわが掌中にころがりこみつつあるのだ。今にもその手はこらしめを与えたくてうずうずしている。厚かましさがこの際幸いというべきだろう。


 (中略)


マリオンは瞳を輝かせてつぶやいた。

「むろんよ、ジャック。威張りちらすこの小娘をお高くとまった場所から引きずりおろし、自分の立場がどんなものか思い知らせてやりたいわ!」

「だったら、さっさと服を脱がせ、枝鞭を受けやすい状態にしたらどうだい」

囚われの生贄にも聞こえるような大声でわたしはいった。ケイは自分の耳が信じられぬふうだった。

「なんですって? なんておっしゃったの? わたしを鞭打ちにするんですって? そんなこと、あなたたちにできるはずがないわ! 一度やってみてもらいたいものね。指一本でも触れてごらんなさい、必ず後悔しますよ、はっきりいっておくけど!」

「指一本触れるわけじゃないさ。ただ音のいい樺の小枝がおまえの裸のお尻にぱしっときまるだけだよ」

これが冷たいわたしの返答だった。


 (中略)


「もう二度と横暴で生意気な言行はやめるって約束できるわね? たとえば、ジャックさんの部屋とか他のどこでも、わたしのお供で行くときによ」

マリオンは執拗に問いつめる。そして、問いかけの言葉と同時に鞭のひと振りを放ち、切尖きがケイの裸の、豊かなお尻に踊った。この斜めに打ちおろされた一撃は、身震いし、ひるむ下半球の両側に渡り、すでにしま条の痕や黒ずむ小さな斑点の疵をとどめた。美しい、滑らかな肌に、怒りに溢れたすばらしい鞭痕を残したのだ。
枝鞭の所々についた硬い瘤が情け容赦なくきれいな皮膚に激痛を走らせていた。

「あああ! ほんとうです。約束します。自分の立場をわきまえます。誓ってもいいんです、奥さま。だから打つのだけはやめて。もうこれ以上我慢できない〜 できないんです! ジャックさん、奥さまをとめてください〜 わたし、いい娘になります 〜 もう二度と怒らせるようなことはしませんから、わかってください、おねがいです!」


 (中略)


「ああ、ジャックさん、わたしをものにしてください。わたしを犯してちょうだい。だから、そのいやな鞭だけは下に置いて!」

「なんという恐ろしい娘かしら」

マリオンはわたしの協力者として充分役目を果してくれていた。まえもってコーチしたらかくもありなんと思う以上だった。

「恥も外聞もなく自分の身体を投げ出すなんて、まったく押しの強いことね。しかもわたしの眼の前でよ! この娘に情けをかける値打ちはありませんよ、ジャック。もし、あなたの心がゆるんで、この娘を許してあげるんだったら、家に帰ってからわたし自身がみっちりおしおきをしてあげます」




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