Roman Books
抜粋



【パール傑作選 V】   作者不詳 山下諭一・訳編  昭和58年発行
(原題 The Pearl)



第一部 いとしいウォルター

校長先生のミス・バーチはどちらかといえば寛大なお人柄で、よほど性質の悪いいたずらをしたときでなければ、体罰をくわえるようなことはありませんでした。つまり、最初にきっぱりと根を断ち切っておかなければ、生徒の将来の人格に悪影響を及ぼすかもしれないと思えるようないたずらをしたときだけ、先生は生徒にお仕置きをくわえたのです。

(中略)

そんなある日の午後、ミス・バーチが机でうたた寝し、ミス・ペニントンが授業に精をだしているとき、突然ひどく下品なスケッチを二枚ほど描いてやろうという霊感がわたしをとらえたのです。一枚はミス・ペニントンが室内便器にまたがっている絵、もう一枚も彼女が畑で用を足すためにお尻をまくってしゃがんでいる田園風景でした。いちばんはじめにその絵を見せた女の子は、ほとんど吹きださんばかりで、何がそんなにおかしいのかと興味をかきたてられたもうふたりの女の子が、彼女の肩ごしにわたしの石板をのぞきこんだちょうどそのとき、わたしがあわてて絵を拭い消すまもなく、ミス・ペニントンが鷲のようにさっと襲いかかってきて、石板をとりあげ、勝ち誇った様子でミス・バーチのところへそれを持っていったのです。うたた寝から眼をさました校長先生は、わたしの行儀の悪い絵をひと目見たとたんに、いともおかしそうな笑いをこらえることができませんでした。

「このお嬢さんには、罰をあたえなければなりませんね、ミス・ペニントン」

ミス・バーチは急に威厳をとりもどして言いました。

「あの子はこのところ、ずっとこういうみだらな絵を描いて、勉強の邪魔をしていましたけど、きょうの絵はほんとうにひどいものです。ほうっておけば、今後ますますひどい絵を描くようになるでしょう。スーザンにわたしの樺の鞭を持ってこさせなさい! わたしは根がやさしいから、あの子を許してやろうという気になるかもしれません。だからまだ腹立ちがおさまらないうちに、あの子を罰してしまいましょう」


(中略)


「では、レディ・ビアトリス・ポーキンガム」 ミス・バーチは言いました。

「ひざまずいて自分の過ちを告白し、鞭に接吻なさい」

そして、スーザンの手から樺の鞭を受けとると、臣下に王笏をさしだす女王のように、わたしの眼の前にそれを突きだしたのです。
どうせ逃れられないのなら、少しでも早く、しかもできるだけ軽く罰をおわらせたいと思ったので、わたしはおとなしくひざまずいて、心から後悔の涙を流しながら、こんないたずらをした以上、罰を受けるのは当然だと思うし、ミス・ペニントンのことをあんな絵に描いて侮辱したのはほんとうに悪かった、もう二度とこんなことはいたしませんからとあやまって、先生の正義感が許すかぎり罰を軽くしてくださいと哀願しました。それから、わたしは樺の鞭に接吻して、あとは運命に身をゆだねたのです。

ミス・ペニントン、意地悪く、

「まあ! ごらんなさい、ミス・バーチ、鞭を見たとたんに口先だけで悔いあらためているんですよ」

ミス・バーチ、

「わたしにはちゃんとわかっていますよ、ミス・ペニントン。でも、ころあいを見て、正義と慈悲を調和させなくてはいけません。さあ、恥知らずな絵描きさん、服を持ち上げて、当然の罰をお尻に受けなさい」

 わたしが震える手でスカートを持ち上げると、ズロースもとるように命じられました。わたしがズロースを脱ぐと、ふたりはわたしのドレスとペチコートを肩まで引き上げました。それからわたしは机の上に腹這いにさせられ、わたしの前に立ったスーザンに両手をおさえられ、ミス・ペニントンと、ちょうどそのとき教室に入ってきたフランス人の先生に片方ずつ足をおさえつけられて、両手両足をひろげた情ない格好にさせられてしまいました。

ミス・バーチ、鞭を振りあげて厳しい顔で周囲を見まわしながら、

「さて、みなさん、この鞭打ちはあなたがたへの警告でもあるんですよ。レディ・ビアトリスはけがらわしい絵を描いたために、この恥ずべき罰を受けるのです。どうです、この手に負えないいたずら娘さん、あなたはまだあんな悪さをするつもりですか?  ほら、ほら、ほら、これだけ痛い思いをすれば、効き目もすぐにあらわれるでしょう。ええ、いくらでも泣き叫びなさい、まだおしまいじゃありませんからね」

樺の小枝の束は、恐ろしい力でわたしのむきだしのお尻にめりこみました。


(中略)


やがてわたしは、すべてがおわり、自分はもう死んでしまうのだと思いました。わたしの泣き声に続いて、低いすすり泣きや、呻き声や、ヒステリックな泣き声が聞こえ、しだいに遠ざかっていきました。それっきりわたしは気絶してしまったらしく、やがてベッドで眼をさますまで、あとのことは何もおぼえていないのです。気がつくと、わたしのかわいそうなお尻は、おそろしいみみずばれがたくさんできて、ずきずき痛んでいました。この厳しい鞭打ちの痕跡がすっかり消えたのは、それから二週間近くもたってからでした。


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