−思いがけない訪問者−
まもなく彼女のアパートメントに着き、ヒルデガルトはマンフレッドに子供たちにも逢ってやってくれと頼んだ。その日の午後は別にこれといった予定もなかった彼は、その誘いを受けることにした。
子供たちというのは二人の娘で、一人は十六歳くらいで、もう一人はそれよりちょっと下だった。上の娘を見たとたん、マンフレッドは若い娘を紹介するための、この日二度目のもくろみじゃないのかと疑った。二人とも白いブラウスにグレーのプリーツスカート、それに膝までの白のハイソックスというそっくりの格好をしていて、彼はそれが学校の制服だろうと考えた。
ふたりはすごくしつけがよく、昔風の居間のソファーに腰をおろし、フラウ・ブッシェドルフがいかにも母親らしく、二人ともなかなかお利口だと自慢するのを、じっと大人しく聞いていた。
彼はヒルデガルトのお喋りには上の空で、姉娘のモニカに興味を惹かれていた。彼女は母親似のがっしりした骨格をしていて、バストもヒップも歳の割にはよく発達しており、奇妙な色気を発散していた。しかし、あと二十年もすればますます今の母親とそっくりになることだろう。妹のアンジェリカも顔立ちは母親とそっくりだったが、ブラウスの胸にはほとんど盛り上がりがなかった。しかし、彼女もあと何年かのうちには姉と同じような身体つきになるに違いない。
しかしその時、彼の耳にヒルデガルトの“お仕置き”という思いがけない言葉が聞こえてきて、思わず彼女の話に引き戻されてしまった。
「・・・・・・成長期の少女にとって、それは大変に重要なんです」 彼女がつづける。
「そうでないと、今みたいな風潮の世の中では、とんでもない娘に育ってしまうんです。現にあたしのお友だちの娘さんたちがそうなってしまったのを、あたしははっきりと見ているんです。ねえ、あたしが言ってること、分ってくださるでしょう?」
いったい、彼女が何を言いたいのかさっぱり分らないながら、マンフレッドはもっともらしい顔でうなずいてみせた。
「あたしの亡くなった夫の弟のギュンターが、有り難いことにあたしの手助けをしてくれてたの。彼はしっかりと娘たちの面倒をみてくれて、娘たちも叔父を尊敬しているし・・・・・・」
「その方も軍人なんですか、マダム?」
「ええ、若い時には、兄と同じようにね。戦後に陸軍から退いて実業家になったんだけど、忙しくて結婚もできないでいるの。だから、あたしたちがいわば彼の家族みたいなものなの。それであたしたちも、彼がいないのがたまらなく淋しいのよ」
「彼に何があったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、有り難いことに、別に何か起こったということではないのよ。ただ仕事でもう三ヶ月もスペインに行ったきりなの、貿易関係の仕事だものだから・・・・・・。娘たちのためにも早く帰って来てほしいのよ」
「彼の存在が、生き方の模範になるってわけですか?」
マンフレッドは今ここに居ない“模範的人物”について少しも共感をおぼえないまま口にした。
「もちろんよ、それに娘たちをお仕置きする方法もね」
マンフレッドは古いソファーに並んで座っている、モニカとアンジェリカの顔をちらりと眺めた。二人は大人しく母親の言葉を聞いているだけで、その表情からは何も探ることはできない。
「その方法というのは、いったいどういうことなんですか、マダム?」
「それは、若い女の子をしつけるたった一つの方法、すなわち力強い手なの」
瞬間、モニカの可愛らしい顔にちらりと楽しげな微笑みが走った、と彼は確信した。
「あなたにも、もうお分かりでしょう」 フラウ・ブッシェンドルフが言う。
「ギュンターの方法というのは、この子たちのお尻に力強い平手打ちを与えることなのよ」
「えっ、このチャーミングな娘たちをひっぱたくんですか?」
「まさか!
あたしたちが子供を力まかせに殴るような野蛮な人間に見えて?
一週間に一度ときめて、平手でお尻を叩くだけよ」
いま耳にしたことが信じられない思いで、マンフレッドは姉娘のほうに顔を向けた。
「その・・・・・・、
一週間に一度のお仕置きを、いったいどういうふうに思っているんだい、フロイライン・モニカ?」
「あたしたちのために、とてもいいことだと思っています、ヘル・フォン・クラウゼンベルク。それほど痛くもありませんし、それにすぐに終わるんですもの」
「君たちは、叔父さんを好きなのかい?」
二人の娘は同時に首をうなずかせる。
「分ったでしょ」
母親がすかさず口をはさむ。
「この娘たちは、ギュンター叔父さんが居なくて、とても淋しい思いをしてるのよ。ほんとはこの子たちに新しいお父さんを見つけてやるのが、一番いいのかもしれなかったんだけど、若くて素敵な殿方はあの戦争に出かけて行ったきり、二度と戻って来なかったんですもの! それにギュンターがいつもそばにいて助けてくれたから、あたしもそれほど新しい夫を必要としなかったしね」
女手ひとつで二人の子供を育てる彼女の苦労話は、だんだんと涙っぽくなってくる気配で、マンフレッドはそろそろ暇乞いをしなければと考えていた。
もっとも彼は彼女の話をぜんぜん聞いてはいず、十六歳のモニカがお尻を叩かれる光景を、あれこれと想像していたのだったが・・・・・・。
しかし、適当にあいづちを打っていた彼は、突然、彼の意見を求めるようにヒルデガルトと娘たちが、黙って自分を見つめているのに気がついた。
「あっ、申し訳ない・・・・・・、つい、あれこれと考えていたものですから」
「それで、あたしたちの意見に賛成してくださる?」 「それは勿論ですとも」 マンフレッドは自分が何に賛成したのかもよく分らず、それがどういう結果になるのかも知らずに、曖昧に首をうなずかせるよりしょうがなかった。
「よかった。じゃ、すぐにかかってもらいましょうかね」
「でも、もしかして思い違いしていると困りますのでね、ディア・レディー。いったい何にとりかかるのです?」
「娘たちがもう三ヶ月もしてもらってないお仕置きをやってもらうんですよ。あなたにはほんとに感謝しますよ」
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