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抜粋 |
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【ジャックと七人の艶婦たち】
作者不詳 中村康治・訳 昭和57年発行 |
(原題 A Man with a Maid) |
そのとき、わたしは料理を届けてきたあの二人が食事の用意をしているあいだに、小さな長椅子の近くにいたことを思い出した。わたしたちが見つめ合って、夢中で喋り合っているあいだに、あの二人のうちのどちらかがアリスの財布から金を盗ったのかもしれない。もちろん、証拠があがるまで、表だって非難するわけにはいかない。 しかし、よく思い返してみると、若者のほうは、給仕をしているあいだ落着きがなく、不安そうな顔をしていた。あのときは、仕事に慣れていないためだろうと同情したのだった。 わたしはホールに出ていった。ほっそりした、いかにも脆弱な若者は腕を組み、壁にもたれていたが、わたしを見た瞬間、バツの悪そうな驚きの表情を顔に浮かべた。それから、かすれた弱々しい声で聞いた。 「食事はもう済まされたのですか?」 「ほとんどね」 わたしはつっけんどんにいった。 「ところで、お願いがある。小銭が必要なんだが、あいにくその持ち合わせがないんで、きみが持ってないか思ってね」 「小銭を持ってるかどうか」 若者は自信なげに答えた。 「とにかく、持ち合わせている分だけでもいいから」 若者はほっそりした手をズボンのポケットに突っ込み、なかをもぞもぞと探った。 「いいから、なかのものを出して、見せてくれ」 わたしはせき立てた。 「小、小銭は持ってません。ほんとうです。済みません。なんでしたら、そこの薬局まで行って、小銭に替えてきますが」 「いいかね」 わたしは厳しい口調でいった。 「ポケットを裏返して、中身を見せられない理由はまったくないはずだ。きみの持ち金を合わせればなんとかなるかもしれない。さあ、早くして、ご婦人がお待ちかねだ。帰りの馬車賃が必要なんだ」 若者はみるみる顔を真っ赤にし、声をつまらせ、茶色の目はまるで哀願しているようであった。この反応だけからも、わたしの疑惑が立証された。わたしは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、彼に近寄り、命令口調でいった。 「さあ、ポケットを裏返しにしなさい。それとも、警官をここに連れて来て、ズボンのポケットを空にさせてもいいんだよ!」 「おお、それだけはしないでください」 若者は目に涙を浮かべ、泣き声でいった。それから不承不承、手をズボンのポケットに入れ、ゆっくりとポケットを引き出してきた。一ポンドの紙幣が三枚現れた。 「なかへ入ってもらおうか。とっぷりと話し合ったほうがよさそうだな」 ところが、驚いたことに、若者は顔を両手でおおって泣きだした。そんなにまで三ポンドが必要なら、全身で向かってくるくらいの勇気があってもいいはずなのに、その肝っ玉もない、女々しい臆病な若者に、わたしは嫌悪感さえ覚えた。 わたしは若者の襟を掴んで引きずるようにして、部屋のなかに連れこんだ。 |
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