Lure ・ 第一章
囮教育の始まり




シアトルの町は朝から蒸し暑かった。午前11時現在で気温は31度。メアリ−夫人は久しぶりの休日を家の中で過ごしていた。

「 ああ、自分の娘に罠なんてかけたくないけど、仕方ないわね」

夫人は憂いのある独り言を洩らした。

最近、ひとり娘のケイトが夫婦の寝室に忍び込んで、こっそり大人の雑誌を読んでいるというのだ。
夫のジョ−ジから聞いた話である。

「中高年からの夫婦生活」と題された本の中には、セックスのお手本が記されていた。その中の一ペ−ジに特に関心を寄せているらしい。 よく見るとペ−ジとペ−ジの隙間に菓子屑がぎっしり詰まっているではないか。お菓子を頬張るのは娘しかいない。ラ−ゲ(体位)が写真入りで説明されているコ−ナ−だ。

ジョ−ジはメアリ−より十五歳も年上だ。新婚当時は父親のように慕っていたメアリ−だが、ここに来て夫への不満が鬱積していた。それは著しい精力減退に伴う夜の不満だった。

一方、ジョ−ジは中年太りして魅力を失った妻に原因があると考えていた。まあどちらにせよ、マンネリズムが原因のひとつであることには間違いない。そこでダブルベットの下には月刊誌「中高年からの夫婦生活」が過去三年分も山積みされていたのである。

メアリ−の両親は昔気質の古くさい愛国主義者だった。父は海軍将校、母は教師だったが、メアリ−や弟のジョンを非常に厳しくしつけたものだ。親たちが子供たちを厳しく教育することで、国の未来が保証されると確信していたからだ。

そして今。母親になったメアリ−は両親にお仕置きされた娘時代を「教本」に、ケイトを厳しくしつけた。

ケイトはもうすぐ十八歳になる。誕生日がくれば、お仕置きから解放してやるつもりだった。

それなのに・・これではまだしばらく解放してやるわけにはいかないようだ。

 

メアリ−は窓から外の景色を眺めていた。天気は雲ひとつない絶好の晴天だが、真夏には有難迷惑なお天気だ。

そのとき、長い髪をした美しい娘が軽快な足取りで、家のほうに向かって歩いてきた。


「 あんなきれいな女の子、この町にいただろうか?」

そう思った瞬間、よく見ると娘のケイトではないか。これはもう親の欲目というより、誰が見てもそうなのだ。こんなに早く帰ってくるとは思わなかったので、それがまさかケイトだとは思わなかった。


「 ただいま、お母さま」

「 あら、早かったのね、遊びに行ったんじゃなかったの?」

「 うん、でも暑くって。それにお肌が焼けちゃうもの」

「 あらあら、ずいぶん色気づいたことを言うようになったもんだね」

「 あぁ、もう汗びっしょり。気持ち悪いからシャワ−を浴びてくるわ」

「 そうね、思う存分に浴びてらっしゃい、私はパ−トの仕事に出かけるからね」

「 あれ? 今日は休みじゃなかったの?」

「 そうだったんだけど、バ−ゲンセ−ルで人手が足りないんだよ、電話がかかってきて、応援を頼むって言われてね。夜まで帰らないから、いい子で留守番をしてなさい」

「 え? バ−ゲンやってるの? あたしも行っていい?」

「 駄目!」

母親は突然、大声を張り上げて睨みを利かした。


「 おまえは夏休みになって、ちっとも勉強してないじゃないか!まったく服ばかり興味を持って!言うことを聞かない子は」

母親は右手の平に熱く息を吹きかけた。


「 ああ、ごめんなさい、お母さま、違うの・・あの・・お勉強するわ、もうお外には出ない」

ケイトはあわてて、両手で後ろの膨らみをかばった。

その仕草があまりにもかわいかったので、思わず微笑みかけたメアリ−だが、そこは持ち前の演技力で厳しさを貫いた。


「 そうすることね。とにかく毎朝、机の前に座るって習慣から身につけないとね、もしそれができないんなら・・これからは手加減なく、イスに座れなくしてやれるんだから」

「 は、はい、お母さま、あの・・あたし、シャワ−を浴びてきてもいい?」

「 好きになさい、あ、それとね、寝室には絶対、入ってはだめよ、部屋をかたづけてる最中だったんだからね」

「 はい、あたし、自分の部屋にしか用がないんだもん」


そう言って、ケイトは母親の目の前で素っ裸になると、くるりと向きをかえてバスル−ムに走って行った。

メアリ−は娘の後ろ姿を目で追っていた。それはとても自分の娘とは思えない艶やかな肉体だった。

輝くばかりの美しい肌。くびれた腰から見事に膨れあがった尻。それは引き締っているが、走るたびに弾力性のある肉が色っぽく左右に揺れている。そして何よりも目をみはるのは長くて成熟しきった脚線美だった。


(あの子は一体、誰に似たんだろう?)


メアリ−は不思議でならなかった。自分にも夫にもまったくそんな要素がないからだ。

(おまえ、浮気したのと違うかい)

夫からジョ−クでそう言われたことも、よく理解できる。

やがて、バスル−ムから涼しいシャワ−の音楽が流れてきた。

メアリ−は玄関を出ると、わざと大きな音を立てて、ドアを閉めた。


「寝室には絶対、入ってはだめ」と言ったのは娘の好奇心をそそらせるためだ。あの年頃は管理されればされるほど、よけいにその網の目をくぐりたくなるものだ。メアリ−はそんなティ−ンエイジャ−の心理を十分、承知していた。

それにしてもうだるような暑さだ。このまま5分、いや10分は待たねばならないだろう。

バ−ゲンなんてやっていないし、そもそも今日は百貨店そのものが閉店しているのだ。



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