Big Daddy

青春の影




その日から、トレイシーの振舞いは一変した。

表情も明るくなり、すっかりもとの娘に戻ったようだった。

ジェームズはご機嫌だった。


「ヘレン先生、御蔭様で娘は立ち直りましたよ。厳しくお仕置きをした甲斐がありました」

「おやおや、ジェームズさん、あなたは甘いですわ」

「え! 甘い・・ と申しますと?」

「確かにあなたの前ではよくなったかも知れません。でも、それだけで気を緩めてはいけません」

「先生、お言葉ですが、わたしは娘を信用してあげたいのです。それに四六時中、娘を監視するなんて不可能です」

「ごもっともです。あなたのお気持はよくわかります。どうでしょう? ここでひとつ、お芝居をなさっては?」

「お芝居?」

「そうです」


ジェームズはヘレン先生の話に興味深く、耳を傾けていた。
しかし、その表情はしだいにこわばり、なんともいえない不安に襲われてきた。


「娘がボーイフレンドと交際しているのはよく知っています。しかし、それはあくまで健全な交際だと・・」

「そう願いたいものです。でも最近の子供たちは、私たちには想像もつかないほど、性に対する自制心が欠如しております。是非、一度お試しになっては如何でしょう?」

「わかりました。あまり気が進みませんがね。しかし、もし間違いでもあれば娘の将来に関わりますから」


(まったく猜疑心の強い女だ!)


ジェームズはすっかり機嫌を損ねてしまった。
しかし、ここまで言われたなら、何としてでも娘の潔白を証明してみせたかった。


一週間が過ぎた夜のこと。


「トレイシー、パパは週末に仕事でニューヨークに出張することになったんだ。一晩、家を空けるが、いい子で留守番をしていなさい」

「ニューヨーク? あたしも行きたいわ。でも、夏休みの宿題が残っているから、それどころじゃないわ」

「おお、そうか、よしよし、いい子だ。その調子でしっかり勉強するんだよ」

「はい、パパ。ちゃんとお土産を買ってきてね」

「もちろんさ。ただし、お土産はいい子にしかあげないよ。悪い子には・・」

「あぁ〜ん、それ以上は言わないで」


トレイシーは、かわいらしく頬を紅く染めていた。


お芝居の当日。
ジェームズは気が進まないまま、不要な身支度を整えると玄関を出た。

二階の窓では薄いカーテンを隔てて、娘が父親の出て行く様子を眺めている。

ジェームズは100メートルほど歩いたところで交差点の手前を左に曲がった。そして、次の信号でまた左に曲がると、そのまま真っ直ぐに進んだ。つまり、自宅のすぐ隣の通りを家に向かって戻ってくることになる。

ビジネスホテルの予約は取っていた。客室の二階の窓から自宅の玄関までの距離は遠くなかった。
ヘレン先生のアドバイスどおり、双眼鏡も事前に準備していた。

しかし、何時間たっても自宅の様子に変化は見られない。

まったく気の遠くなるような退屈な時間が過ぎていった。
そのうえ、このホテルは経営状態が悪く、設備管理は杜撰を極めていた。
室内の冷房も真夏日にはまったく効き目がなかったのだ。

「畜生!」

ジェームズは暑さに加えて、貴重な休日を台無しにされたとばかり、激しく憤っていた。
何ともやるせないまま、二時間ほど睡眠を取った。

そして目が覚めた頃には、もう日が暮れていて、外の景色もすっかり暗くなっていた。

窓から双眼鏡で覗いてみると、自宅の前に真っ赤な車が停められているではないか!
いかにも若者好みのスポーティな車種だ。

ジェームズは慌てて、ヘレン先生に電話をかけた。


「そうです。その車は娘さんが交際しているブルック君のものです」

「ブルック? うちの娘が交際している子はジャックですよ」

「ジャックとは最近、別れたようです。あの子なら、私も安心なのですが・・今度のブルック君は、あまりお嬢さんには相応しくありません。もっと早くお知らせすればよかったのですが、カウンセラーの立場としてはいろいろ難しいのです。どうぞご理解ください」

「わかりました。とにかく、今からその小僧をとっちめてやる!」

「ああ! ジェームズさん、あまり感情的にならないで、どうか慎重に行動なさって・・」


この言葉が終らないうちにジェームズは電話を切っていた。
それから急いで身支度を整えるとホテルを出た。
その間にも、「事」が進行しているかも知れない。そう思うと気が気でならなかった。


ジェームズは玄関の鍵を開けると、足を忍ばせて娘の部屋に向かった。
息を殺し、まるで獲物を狙う蛇のように、慎重に一段、一段を上がっていった。

しかし・・階段の中央まできて足が止ってしまった。そして絶望的な思いに打ちひしがれた。


あぁ〜、あぁ〜ん、あぁ〜ん、あん・・・・


とても自分の娘とは思いたくない、色っぽく、淫らな喘ぎ声だった。

暫くの間、ジェームズは途方に暮れて立ち尽くしていた。

しかし、この無駄な時間が取り返しのつかない事態を招くかも知れない。

そう思ったジェームズは意を決して、娘の部屋の前に立った。
そして、ノブを軽く右に廻すと、力一杯に足でドアを蹴りつけた。


ドカーン!!!


きゃあ〜! うわあ〜!


そこには若いふたりの男女が、素っ裸で抱き合っていた。しかし、驚いたのは父親よりも、むしろ子供たちのほうだった。


「おまえたち、そこで一体、何してやがる!」

突然、部屋中に大きな怒号が鳴り響いた。


「何だ! こいつは!」

父親は今にも殴りかからんばかりに少年のもとに迫った。それは殺意を匂わせるような、物凄い表情だった。


「あ、あぁ、ち、違うんです。ぼ、ぼくは・・な・・何も・・」

「これが何もしていないと言うのか!」

「は、はい・・あの・・どうか・・どうか、信じてください」

「何を信じるんだ!」

「あ、あの、その・・つ・・つまり・・入れてないんです」

「入れてないだと? 何を入れてないんだ! どこに入れてないんだ! 言葉に気をつけろ! この馬鹿野郎!」


父親は少年の首根っこを掴むと、裸のまま部屋の外に引きずり出した。その間、娘は驚きと恐怖で泣き叫んでいる。


「出ていけ!」

父親は少年を玄関の外にたたき出した。

その時、娘が咄嗟に彼の衣服を二階の窓から放り投げたので、少年は何とか服だけは身に着けることができた。
そして、慌てて車のエンジンをかけると、猛スピードで逃げて行ってしまった。

ジェームズはブルックの車が消え去るまで、しっかり見届けると玄関の鍵を締めた。



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